グループの仲間だからこそ #ユナタン④
2021年10月 片山 喜章
法人内のある園の5歳児クラスでは、当番活動として生き物のお世話を行なっています。前年度の5歳児から引き継いだ小動物や、4歳児から一緒に“進級”した虫たちなど、カニ、カタツムリ、メダカなど、たくさんの生き物が“クラスメイト”です。
みんなで話し合い、5つの生活グループが日替わりでお世話をすることになりました。そこで1つのグループで起きたある日のナラティブ(物語)です。
当番活動がはじまってしばらくすると、ダイヤグループのトムくんの様子が少しおかしいのです。生き物にほとんど関わらず、当番の日は早くお迎えに来てもらっていることもありました(活動は16時以降)。
以前から気になっていた花子先生は、トムにゆっくりと尋ねてみると、「虫が苦手やねん」「時間が長く遊び時間が少なくなる(当番をしながら長時間生き物と遊ぶことがある)」とのことです。花子先生はトムには何も答えず、「そんなトムの気持ち、グループの仲間(全員で6名)は知っているの?」と尋ねました。「誰にも自分の気持ちを言ってない」と答えたので「どうする?」と突っ込んだところ、トムの方から「一回、みんなに言ってみる。けど、先生も一緒にいてほしい」。トムが、自分の気持ちをみんなに伝えたいと答えたので、グループで話し合いの時間をもちました。
花子先生「トムがみんなに聴いて欲しいことがあるんだって」
全員「いいよ~なに~?」
トム「あの~虫のお当番、シンドイ、やめていい?」
少しの沈黙の後、エバが口を開きました。
エバ「何がシンドイの?」
トム「虫を触るの、怖いねん」
エバ「カタツムリ? メダカ? カニ?」
トム「ぜんぶ」
エバ「ぜんぶ? カニはハサミがこわいん?」
トム「挟まれたら嫌やから」
マイケル「カタツムリはべたべたしてるもんな」
トム「そう、手に乗せるたら、べちょべちょになるもん」
ララ「わたしも苦手。可愛いけど、手に乗せたらべちょべちょになるもん」
エバ「ララは苦手やから、蓋に乗せてるよな~」
キキ「わたしもカニ怖いけど、エバに持ち方教えてもらって触れるようになったで~」
トムは、ただ聞いているだけで何もいえないままでした。そんな空気を読んだエバは少し間をおいて「他に何か嫌なことある?」と話を変えました。
トム「お当番の時間が長いから遊ばれへんのが嫌や」
エバ「でもさ、たくさん虫いるから時間かかるねんな~」
マイケル「お世話もやけど、カタツムリと遊んであげないとかわいそうやしな~」
エバ「トムまだ嫌なことある?」
トム「もうない」
エバ「虫のお当番だけ嫌なん? 他のお当番は? ホウキとか、靴箱とか、雑巾とか、給食とか、朝の会とかあるけど…」
トム「虫のお当番だけや。他のは楽しい。だから虫のお当番、やめてもいい?!」
全員「……。」
トムがお当番を辞めたい理由は、虫が嫌いでしかも時間が長いことだと、グループの仲間は理解したようです。花子先生は改めてトムの気持ちを確認しました。グループの仲間は一瞬、黙ったまま、あれこれ考えを巡らせていました。すると…
マイケル「あのさあ、トムにやめてほしくない。なんでか言うと、虫さんたくさんいるから大変やもん。キキちゃんも早くお迎え来るし、ボビーもスイミングで早く帰る日あるし、トムもお迎えが早い時があるから、3人とかでお世話するん大変やから、やめてほしくない」
エバ「エバもやめてほしくない。エバもめんどくさい時もあるし、遊びたい時もあるけどお世話しないと死んでしまうやん。もう死んでほしくないし、このグループみんなでしたい」
キキ「キキも虫のお世話、大変やけどやめてほしくない」
ララ「ララもトム、やめるんは嫌や」
ボビー「ぼくはお世話するの大好きやけど」
エバ「そしたらトムがお当番、やめてもいいん?」
ボビー「……」。
そこで花子先生は、トムに尋ねてみました。
花子先生「みんな、トムにお当番、やめてほしくないみたいけど、トムはどう?」
トム「…でも、やめたい」
エバ「でもさ、エバもめんどくさい時あるけど、お世話しなかったら死んじゃうで。みんなでお世話しようと決めたやろ?」
トム「虫触るの苦手やし時間も長いし…」
エバ「じゃ~さ、トムは何やったらできるん?」
子どもたちの話し合いの方向が少し変わってきました。
キキ「トム、水槽とか水草とか石を洗うのやったらできる?」
ララ「トム、前、それしてたやん」
エバ「虫を触るの嫌やったら、エサいれたり、お家、きれいにしたりとかやったらできる?」
トム「それやったらできる」
エバ「えっ! できるん! じゃ~カニ、エバが持ってあげるから言うてな」
キキ「トム、ほんまにできそう?」
トム「うん、できる!」
その後も、話はぐんぐん深まり、みんなはトムを励ますように、「こんな時はぼくが…」「そんな時は私が…」とトムへのヘルプやフォローの話で盛り上がりました。まだまだ話は続きます。今度は、お世話のついでにその場でだらだらと遊んでいること、お世話から“解放”されるのがいつか、ということについて審議していました。
マイケル「カタツムリさん、可愛いもん、ずっと遊んでいたい」
花子先生「他のみんなはどう思う?」
トム「早く終わって他の遊びしたい」
全員「……」
エバ「だってそこに時計ないからわからへん」
実際、お当番活動は、お世話をしながら、生き物と遊んでしまうことが多く。毎回45分間くらいかかっていたようです。トムはそれも嫌だったようです。
そこで「どうしたらいい?」という花子先生の問いに、まず「自分たちで決めるから」と言って、話し合った末に、“16時から16時30分までとする”と決めました。見える場所に時計はありますが、エバは「先生、長い針が6のところになって忘れてたら、教えてな」と念押しもしていました。話を始めて終えるまで40分以上、経過していました。
5歳児にもなると、これくらい筋道を立てて自分の思いを表現し、相手の気持ちを理解し、対話することができるのです。
そのためには保育者や保護者である大人が、普段から、それこそ、1、2歳の頃から、「何がしたいの?」「どちらが良いの?」「どう思うの?」「どんな気持ちでいるの?」と常に問いかける保育を基本にしていないとこのような子ども文化は育まれないでしょう。
まだまだ日本各地では子どもに問いかけても結局、大人都合の答えに誘導したり、逆に不本意だけど子どもにおもねたりするケースが多いと思われます。トムの思いや願い=“わがまま”は、保育者が判断することではなく、グループの問題ですから、当事者で長い時間をかけて“子どもらしい”対話することで解消しました。
子どもに寄り添うとは、子どもの言いなりになることではなくて、一人ひとりの思いや願いを丁寧に傾聴することから始まります。あとはお当番という子どもたち自身の生活の世界のことですから、解決のための対話を促す、これが保育者(大人)を大きな役割です。
子ども(たち)を1人の人間として認めるマインド(度量)を保育者は体得し、保育者自身が「豊か(成長)になること」と「子どもたちの問題解決力」は並走するものだと思います。
子どもに寄り添うことは、時には心地よく、時には疎ましく、時には忍耐が必要であり、最後には、私自身が変わることである、と気づかされることがよくあります。