週刊メッセージ“ユナタン”24(みやざき)
≪ユナタン:24≫ at みやざき保育園
~ 運動会秘話 ~
平成28年10月24日 片山喜章(理事長)
《不安を蹴飛ばす「速い靴」》
年長クラスのA君は、運動会の『かけっこ』の練習が始まると、走る前からどんよりした顔になります。A君の気持ちは少し複雑です。『かけっこ』はぜったいに負けたくないという気持ちが強いので「負けたらどうしよう」「負けるかもしれない」「だから、かけっこはやりたくない」という気持ちに陥ってしまうようです。過去の運動会においても、そんな姿がありました。その日の練習では担任と一緒になんとか走りきって、完走しましたが、Aくんの中では葛藤が続きます。「負けたくない。走りたくない」「でも、走って、1番になるカッコいい所を見てほしい…」
そこで、担任が「Aくん、どうして、走るの、嫌なの?」とあえて尋ねてみました。すると、A君から返ってきたのは「靴が速いやつじゃないから…」という答えでした。そこで「じゃあ、どうしたいの」とさらに聞くと「朝、履いてきているやつは速いやつ…」と答えました(園庭用と登降園用は別の靴です)。「そっか、朝、履いてきた靴なら速く走れるんだ」と担任が聞き返すと「うん…!」と少し強気で、自信のある表情になりました。その日、その後、その靴を履いて、ドロケイをして遊んだそうです。
翌日、法人オリジナルの「エンドレスリレー」を年長クラスで行いました。それは、トラックの周回上に、3人1組くらいのグループをいくつも作って、くりかえしバトンタッチをして走り込む活動です。何週も走り込む経験によってA君は、少し凛となりました。そして運動会当日、「自分は速く走しれるんだ!」とA君の中でスイッチオン。
「快い靴」を履いて、しっかりとスタートラインに立ちます。実は、A君はとても足が速いのです。腕を伸ばして何とか1着ゴールに食い込もうとします。が、バランスを崩しそのまま転倒。結果は2着でした。1番になれず、悔し泣きをするA君でした。
「この後の競技に、Aくんは、参加できるのだろうか?」そんな思いが、保育者の頭をかすめました。しかし、Aくんの中で「速い靴」を履いて気持ちのスイッチを入れた時、その壁を彼自身がもう乗り越えていたことに気づかされました。
『僕は大丈夫』その根っこにある揺るがない自信をその後の彼の競技をする姿から垣間見ることができました。勝ちたいから、良く見せたいから緊張し、物怖じすることがあります。それを「乗り越える機会を設定」することが「保育の役割」だと思います。
かけっこは、2着でしたが、走る気持ちは、不安を打ち負かしたA君でした。
《やりたいけれど、はずかしい》
同じく年長クラスのBちゃん。運動会のプログラムを読む担当です。話し合いのなかで、自分から立候補しました。「やりたい」気持ちはあるものの、人柄として恥ずかしがり屋のBちゃんは、なかなか言葉が出てきません。彼女もまた、「失敗したらどうしよう。間違えちゃったらどうしよう」という不安が大きいために、言葉が出ないのです。
事務所で、プログラム読みをする子どもたちは、一人ずつ全員練習します。そこでBちゃんは「ムリむり無理~~!」と言って、初回の練習では全く言葉が出ませんでした。
「それじゃあ、覚えてきて、今度またやってみよう」とカンペを渡し、後日、2回目の練習に臨みました。今度は、言葉は出たものの、蚊の鳴くかの様なちっちゃな声。「Bちゃん、今の声だと運動会でたくさんいるお客さんには聞こえないと思う。もう少し大きな声、出る?」と主任の先生が尋ねると、「ムリ…。」という返事でした。
きっと、やりたい、できない、やっぱりやりたい、でも……と、Bちゃん自身、自問自答しながら、結局、自分に負けているようでした。
そこで主任の先生は「Bちゃん申し訳ないけど、このままだとお客さんに聞こえないからプログラム読むのは他の人に変わってもらう方がいいかも。他の係に変える?」と少し突き放すような言い方をしました。するとその瞬間、Bちゃんの瞳の奥がキランと光りました。「ヤダよ! やるよ!」と言葉には出ませんでしたが、その眼はしっかり訴えていました。何かが吹っ切れた感じです。“Bちゃんは、もう大丈夫”と、先生たちは感じ取ったようです。3回目の練習は、予想通り、バッチリでした。当日も園庭のど真ん中で、お客さんの視線を一身に浴びながら、のプログラムを堂々と読んで、たくさんの拍手をもらいました。Bちゃんもまた自信に満ち溢れた表情になっていました。
「やってみたい気持ち」を「羞恥心」が邪魔するのは、日本人の特質かもしれません。良し悪しは別にして、ここでは保育者の突き放す一言が「やりたい」気持ちを押し上げたように思います。このようなかかわり方も「保育者の役割」だと思います。
練習過程では、上記のような葛藤の秘話を多くの子どもたちが持っています。行事は過程が大事と言われますが、できないことを“その子らしさ”と考えるのか、できないことをその子自身が、“何とかしたい”と願っているのかどうか、この辺りを、しっかり見極めることで、練習過程の良し悪しは決まります。それは本番の姿に現れます。
佐藤園長先生は、主任時代から、年長児の組体操の最後の練習の時、決まって子どもたちに伝えていることがあります。「運動会の本番は、お家の人に胸張って『どうだ!』っていう所を、堂々と見せてあげるんだよ!」と熱い言葉を投げかけます。
誰が見ても、聞いても、貫禄のある言葉です。 【資料提供:太田亜希&色摩瑛莉香】