種の会からのお知らせ

週刊メッセージ“ユナタン”28(世田谷はっと)

 ≪ユナタン:28≫ at 世田谷はっと保育園

おひさまきらきら物語

平成28年12日22日  理事長 片山喜章

〔どこから持ってきたの?〕

おひさま組、1歳児のある朝のことです。おままごとコーナーでマツコとウメコが一緒に遊んでいました。担任もそこにいました。そこに割り込むようにモモコがやってきて、「これ読んで」と一冊の本を持って来ました。それは、保育室を出た先のエントランスの隅の《くつろぎ絵本コーナー》に置いてある「写真本」でした。(どうして、この本をここまでもってきたのだろう?)担任は、不可思議に感じつつ、モモコに「この本なら絵本コーナーに行って読もうか!」と声を掛けました。

が、モモコは「やだ、ここがいい」と言うので、おままごとコーナーの横で読むことにしたのです。

その本は4、5歳の男の子が好みそうな『カイコ(幼虫~サナギ~成虫)』の本でした。カイコの成長過程が写真になっているもので、読んであげるというより、リアルな写真を見て、あれこれ想像をめぐらすのに適した本でした。担任の横に座ると、モモコは、自分でページをめくりだし、まるで、この本のおもしろさを担任に知らせたがっているようでした。

 

〔食べさせてあげる〕

モモコは 「ごはん食べたら大きくなるんだよ」と虫の成長が描かれていることを理解しているようで、ページをめくるたびに 「ほら、(はらペコ)あおむしみたい」と担任に話をはじめました。

すると横で聞いていたマツコが、なぜか、おままごとで作ったごはんを持ってきて、器からスプーンですくって「はい、食べて~」と器用に写真の幼虫にご飯をあげ始めました。もう1人のウメコも同じように、「ウメコのも食べてね」と写真の中の虫にご飯を食べさせようとしました。モモコは、食べさせることはなく、ただページをめくり、「ほら、もっと大きくなったよ」 と成長した姿(写真)を語って、話をすすめます。あきらかに科学系の写真本に、1歳児の子どもが興味を抱き、「観察」を楽しむような「ごっこ遊び」をするような、摩訶不思議な時空のなかに誘い込まれた感じです。

 

〔食べちゃ、ダメ!〕

モモコがページをめくり、マツコとウメコがご飯を食べさせている時、ジョンが登園してきました。そこに担任がいたからなのか、3人の女の子が何だか楽しそうにしていたからなのか、ジョンもすぐさまかけよって、仲間に入りました。早速、参加です。いつも手にしているお気に入りのスプーンを持って座りました。が、器は持っておらず、2人が食べさせている(お世話している)姿を、じっと見ていました。すると突然、それまでご飯を「食べて~」と言っていたマツコが 「食べちゃおう」と虫を食べる動作をし、ウメコも同じように 「食べちゃおう」 と食べるマネをしはじめたのです!

モモコは二人の様子をじっと見ていましたが、二人の振る舞いを静観していました。ところが、(正義感の強い)ジョンは「食べちゃダメだ~」と声を荒げました。その後も、マツコとウメコは、まるでジョンをからかうように「食べちゃおう」と言い、ジョンは「ダメだよ」と必死に言い返し、2人はジョンとの掛け合いを楽しんでいるようにも見えました。「ダメヨ」「ダメ」「ダメ」とジョンが言っても、2人がしつこく 「食べちゃおう」をくりかえすので、ジョンはとうとう腹を立て、我慢出来ずに、ウメコを叩き、そして言い合いになりました。ウメコはギャーと大泣きしますが、それでも尚、「食べる!」と言い張ります。ジョンは「ダメなの!」とそのページを押さえて必死に守ろうとします。

善と悪のカテゴリーを飛び越えた葛藤劇あるいは対決シーンです。

そこで、とうとう担任が仲裁に入りました。「食べられちゃったら可哀想なんよだね」とジョンに言葉を添えてあげると「うん」と言って、押さえていた手を戻しました。ウメコの方もいつもなら泣き出すとしばらく引きずるのですが、その場ではすぐに泣き止みました。自分も本の中の虫のお世話をしていたせいか、食べるという自分の行いが自分の本意でなかったからか、よくわかりません。

そして、泣き止んだウメコは、再び、成長してきた虫(写真)にご飯を食べさせはじめました‥。

一方、モモコは、冷静にページをめくり、最終ページにたどり着き、 「わ~、ちょうちょ(カイコ)になったよ」と、嬉しそうにお話を終了させたのです。そろそろおかたづけの時間です。4人は落ち着いて、その場を離れ、おかたづけの時間を迎えたのでした。

この物語から食べる事と食べさせる事は表裏だと感じました。もし、これが林檎なら、ごっこ風にみんなで食べて“ああ、おいしかった”と楽しめますが、2人がお世話して、ごはんをごっこ風に食べさせてきた生き物を逆に食べようとするのは、不思議です。その姿に怒るジョンの感性は、とても素敵だと思います。ウメコとマツコの心の中に分け入ってみました。きっと愛しさを感じるから食べさせてあげた(お世話した)のでしょう。逆にお世話をしたことで、愛おしさが募り、愛おしさ故に、我が物にしようと気持ちが動いて、食べるという行為で表現したのでしょう。

まさに人間の本質(豊かさ)を垣間見た感じです。しかし、もしも、ジョンが最初から食べさせる仲間の内にいたなら、どう振る舞ったでしょう? 食べる仲間になったかもしれません。もしも、ウメコが、後からやって来て、お世話をしないで、友達が食べさせる姿を眺めるだけで、仮に、ジョンが食べようとしたなら、「ダメ!」と怒りを感じたかもしれません。1歳児の世界は、何とデリケートなのでしょう!というよりも、この子たち自身の感性(知性と情緒)は、何と、豊かなのでしょう?

このような姿を引き出した。この保育園の環境と先生たちは、何と、すば〇〇いのでしょう?

食べさせる事も食べる事もしなかったモモコって? 彼女は、どうして『カイコ』の本をわざわざ持ってきたのでしょう。様々な仮説が味わい深く広がります。    (資料提供:関戸真理子)