魔法の手紙とミニポスター #ユナタン③
2021年9月 片山喜章
ジョージは小規模保育園に通う2歳児です。この園では12名の1、2歳児がワンルームで過ごしています。広くない環境ですが、ここ数年、この広くない環境が子どもどうしの関係性を豊かにし、保育者の存在を身近に感じる分、自分の思いや願いを率直に表現できる、と私を含めた多くの保育者が実感するようになりました。
一方で、広くないスペースですから、遊んだ後は、ある程度、片付けなければ食事の準備ができません。食事の後はすぐに午睡の用意をします。その点は「遊び」「食事」「午睡」のスペースに余裕がある、ふつうの園と異なるかも知れません。子どもたちが午睡から目覚めだすと、すぐにおやつの準備に取り掛かります。ランチの時もおやつの時もおかわりができます。ただし、ランチもおやつもおかわりができる時間(時刻)は、概ね決まっています。この点はふつうの園と変わらないと思います。
ジョージの午睡後の目覚めはよくありません。ほぼ毎日のことです。目覚めた子どもからおやつの準備をし、そしていただきます。ジョージは多くの子どもがおやつを食べ始めた頃に“起床”しますから自分のおやつが食べ終える頃には、おかわりのできる時間(時刻)が大きく過ぎていることが頻繁にあります。そのたびに“おかわりできなかった”と悔しそうに訴えます。
保育者として少し葛藤するところです。集団生活には「流れ」や「ダンドリ」がありますから、決めた時間は守る、守らせたいと考えるのは、保育者としてある意味、しぜんなことです。
実際には「おかわり終了時間」の2分後くらいまではOKしている現状もあります。1、2歳児に型通りにその時刻になれば「終了する」と決めるのは、良い保育といえるでしょうか。
一方で、おやつスペースを片付けて、おやつを終えた子どもたちの遊び場づくりをしなければなりませんから、悪い保育ということはできないと思います。しかも、おやつをあたえないというのではなくて“おかわり”というオマケがない、ということなので、園生活の全体の流れを鑑みると、仕方ない、と割り切ることはしぜんだと考えます。
このルールは毎日のことなので、子どもたちも時計を毎日眺め、それなりにルールを感得しているので、ある程度、習慣化しています。1、2歳児といえども何となくルールがあるという空気を感じ取っている姿や様子を見て、ある意味、凄いな、と感じます。
ある時期、ジョージは、おかわりができない日が数日続きました。さすがに、その日は「おかわりしたかったよ~」と泣きました。「もうちょっと早くおやつにおいでね」と言葉を掛けても納得がいかない様子。何か良い手立てはないものかと思案する保育者たち。それまでにも早く午睡から目覚めるように促していたのですが、ぐずってうまくいきませんでした。
その日、花子先生は、「そうだ、お手紙書いてあげよう」と言って(?)、紙を取り出して、その紙に「おかわりがしたかったよ~。くやしいです!」とジョージの気持ちをそのまま文字にしました。「ジョージ君の気持ち、みんなに見てもらう?」と言って『手紙』を手渡すと「うん!」と答えて泣き止みました。そして周りの保育者や何人もの友達や迎えにきた保護者にも『手紙』を喜々として見せながら、自分の気持ちを言葉で伝える姿がありました。
するとどうでしょう。翌日、ジョージは午睡後、自分から早めに起きました。そしておやつを食べた後、“おかわり!”と保育者のところにやってきます。制限時刻内です。ジョージは大喜びです。ジョージはほんとうの意味での午睡からの起床~おやつの時間~おかわり可能な時刻の関連を体得したようで、その日以来、ほぼ毎日、おやつをおかわりしています。言葉ではなく、読めない、意味も解らない文字が連なる『手紙』という「見える物」にするだけで、どうして、こんなに心境の変化が生じるのでしょう‥…? 不思議な話はここで終わりません。
その後、オムツから布オムツに移行するときのことです。ジョージはとても嫌がる時期がありました。しかし、いざ、履かせてもらえば嬉しそうにして過ごしていました。そこで花子先生はまた考えました。今度は手紙にするのではなくて、ジョージが布オムツを履いて得意気にポーズをとっている姿を写真に撮ってミニポスターにして保育室(外からは見えない場所)に貼ってみました。「あ!ジョージくん!」「かっこいいね!」と友達や保育者から注目を集めます。気を良くしたジョージは、自分から布オムツを履くようになりました。それを見ていた他の2歳児の子どもたちも自分の布オムツ姿をミニポスターにしてもらうことに憧れ、布オムツを履きたがるようになりました。自分のカッコイイ姿を写真や動画にしてもらうことが意欲や動機になる、といえそうです。保育者が、やさしい言葉で促す以上の「効果」ともいえそうです。
少なくとも10年、20年前とは、子どもが体感する生活環境は激変しました。YouTube等で観る物が憧れの対象になり、それに対する模倣欲は自主性、主体性を伴って活動欲全般に拡がります。種の会の4歳児のバルーン演技は「動画の模倣」ではじまり、自分たちの演じる姿が動画化され、くりかえし視聴することでクラス全体の練習意欲が高まります。「練習といえば嫌々させられるもの」という昔からある固定観念を再考する時期が到来しているようです。