片山喜章のページ
種の会の創始者 片山喜章が、各園での保育や子どもたちのエピソードを通じて、日本の保育に対する思いや提言を綴っています。
片山 喜章
神戸市における男性保育者の第1号。保育に関わる講演や、「新幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領がわかる本(ひかりのくに出版、共著)」「現場発!0~5歳児 遊びっくり箱(ひかりのくに出版)」等、保育の実用書やあそびの本を多数執筆・監修。
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「ルール」と「わがまま」と「寛容」 #ユナタン⑤
2021年11月9日 火曜日
2021年11月 片山 喜章
ある園の3歳児クラスの生活グループは、5人1組の固定メンバーです。
毎日まいにち、1つのグループから1人ずつお当番が選出されて(5回に1度まわってくる)、給食・おやつの準備を担います。日めくりの当番表があり、朝の集いの時にめくると「今日のお当番」の子どもの名前が出てきます。
お当番は誰もがやりたい活動です。
5歳児なら輪番制のルールが理解できるので、トラブルはおきません。しかし、3歳児の場合、当番表に自分の名前が出てこないと泣いて悔しがる子もいて、その都度、話し合ってきました。
ふつうに考えると順番というルールがあるので、「それに従わないのはダメ」という正論でその子の「したい」という申し出は却下されるでしょう。
しかし、この園には、子どものわがままともとれる主張を一蹴しないで、グループの子どもたちに投げかけて対話するという、伝統的な風土があります。
ある日、サンズは、前日にお当番をして楽しかったので「今日もしたい」と訴えました。当然、当番表には違う子の名前がありました。サンズはひどく泣きましたが、「お当番ちゃうやろ!」「昨日したばっかりや!」とマルテやロハスから厳しい口調でなじられました。
一方、テルは「サンズ、お当番したいんやな?」としっとりとした口調で彼の気持ちに共感していました。結局、彼のわがままは通りませんでした。それでも花子先生はサンズに「お当番できなくてもいいのね。納得したのね」と念押ししました。
ルール違反、即、却下ではなくて、当事者同士で対話を重ねるうちにサンズを慰めたり、励ましたりする言葉が、グループの仲間たちから出てきたという場面もありました。3歳児らしさと言えるかもしれません。
それから半年後のある日、なぜか、サンズはお当番でもないのに「自分がしたい」と泣きながら花子先生に申し出ました。
花子先生は“ああ、またか~”と思いつつ、「自分でみんなに言ってごらん」と促しました。
サンズは語気を強めて「お当番がしたい!」と泣きながらグループのみんなにお願いするように言いました。この時もマルテは「お当番とちがうやろ~」と返しましたが、小声でした。
以前に比べて明らかにグループの雰囲気は違いました。『ルールを守ろう、わがままを言うな』というような硬い空気はなく、グループのメンバーは困った様子でした(大人社会では、絶対、ありえないことです)。
その日のお当番はロハスでした。ロハスはあれこれ考えたあげく「サンズ、ほんまにお当番したい?」と尋ねました。サンズがうなずくと、「じゃ~2人でいっしょにする?」とサンズを誘いました。
サンズは、満面の笑みをたたえて「やったー!」と飛び跳ねました。テルは「“やったー”とちがうやろー。“ありがとう”やろー」とサンズを戒めました。
花子先生は、にわかに信じがたく、ロハスに「ほんとうにサンズといっしょにするのでいいの?」と確認を取りました。サンズは機嫌よく快諾しました。
すると、テルが「そやけどエプロン1つしかないで」と、お当番活動の必須アイテムであるエプロンがグループに1枚しかないことに気づきました。
対話が振り出しに戻りそうな空気が流れました。花子先生は本当に困惑して、グループのみんなに再び「どうする?」と尋ねてみました。そこに「ジャンケンしたら~?」の声。サンズは「負けたらできひんやん」と泣き出しそうになりました。
マルテは「話をして決めたらいいやん」と言い、5人の仲間たちは保育室の隅っこの方に行って、自分たちだけでこそこそと話し込みだしました。花子先生は、どんな結果になるか予想もつかず、ただただ距離をおいて見守るしかありませんでした。
しばらくして彼らは戻ってきました。
結論は、『給食は、当番ではないサンズがエプロンをして行なう。ただし、おやつは、本来お当番だったマルテがする』ということでした。花子先生はマルテに「ほんとうにそれでいいの?」と尋ねましたが、「うん、いいよー。おやつの時、エプロンできるもん」と答えました。一体全体、どんなやりとりがあったのか、それは謎です。
3歳児の子どもたちの誰もがやりたがるお当番活動。
そこで不公平にならないよう、輪番になるよう、日めくりの当番表を設けました。いわゆるルール作りをしました。半年前は「ルールだから」ということで、サンズのわがままを仲間たちは許しませんでした。
しかし、今回、サンズの気持ちを理解したうえでの対話がなされ、彼のわがままを認める結論を、まさに子どもたちだけで出し、全員納得に至りました。3歳児とは思えないようなやりとりです。
もしかすると、グループの仲間のお椀やコップを配膳するといった本来のお当番活動以上に、エプロンを身に着けることに“憧れ”を感じていたのかもしれません。
5歳児ならお当番活動は役割として使命感をもって行ないますが、3歳児にとっては少し事情が異なるようです。
サンズのお当番をしたいと必死の訴えを「わがままだ」「ルール違反だ」と感じる感性よりも、「涙を流して訴える姿を何とかしてあげなきゃ」という仲間意識の方が勝ったのかもしれません(3歳児の彼ら自身が本来、わがままです)。
みなさんはこのエピソード、どのように思いますか。